001クレヨン  
 
 塗りつぶすということはそれほど楽な作業ではないのだ。
 
 抱き合うその人は自分をまっすぐ見つめている。全身全霊で、自分を思い、求めている
のがその目から伝わる。そして自分も、そんな目をして彼女を見つめていることを、どこ
か冷めた部分でちゃんと認識している。
 女の、どこか高い体温とまとわりつくようなその肌。それを心地よく思う自分は本当で、
だけどどこかで肌の呼吸が苦しいような、そんな気になってしまうのは、やはり自分も女
だからだろうか。
 ぴたりとなじみすぎる肌、あてはまりすぎる体。快楽は際限がなく、没頭するのも際限
がない。か細い声を上げる自分の、のどの奥の震えがじわりと身体中に、そしてそれを突
き抜けて彼女にまで伝わる。彼女の獰猛さに拍車がかかる。
 思わず息をのんで、そして肌と肌がかすれただけで悲鳴が漏れた。だがすぐにその悲鳴
さえも、彼女に奪い去られてしまう。彼女は獰猛で、そして強欲だ。
 
 
 どうせなら。
 このまま、なにも考えないまま、彼女に食われる夢でもみられるのならいいのに。
 息もできないほど、思考もままならないほど、彼女に塗りつぶされてしまえたらいいの
に。
 
 
 だけどそんな窒息死してしまったような女は彼女の趣味じゃないことも、私は知ってい
るのだ。
 
 彼女が私を塗りつぶし損ねた隙間から、私は自分と、そして彼女をのぞき見る。
 いつか愛し合うふたりを見るその目さえ、彼女のためにふさがれて、閉じてしまうより
ほかになくなるまで。
 
 
 
 
 
(20030713)
 
 
 
 
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