013 VIVA!EROTICA
 
 
 
 
 
 だらだらとふたり保の部屋で飲んでいたら、日付はすんなりその日を越えた。
 このごろ保の情緒が少し不安定で、仕事のほかには一切外に出ようとしなくなっている
ばかりか最近はその仕事の用事すらも億劫がっているのをさすがにほっておけなくなった
淳が、無理矢理保の住むマンションで飲む約束を取り付けたのが昨日の夜。
 保は断りたがっていたようだが、それを鈍感に無視して、強引に話を進めた。そうこう
しているうちに保も、さすがに長い間淳を袖にしすぎたと反省しないでもなかったらしく、
電話を切る頃には、
「じゃあなにか用意しとく」
なんてこともいえるようになっていたので、淳は電話を切るなり安心のため息をついた。
こんな風にしてこちらから積極的に行かないと、保は引きこもってぐるぐる回って揚句今
まで見向きもしなかったものへと興味を移しかねない。そうして保が新しく目を向けた先
に自分はいないかもしれないと思うと、少しくらいうっとうしがられても淳は保をかまわ
ないではいられなかった。所詮先に惚れたほうが負けなのだと、半ば自嘲気味に酒宴の買
出しをする。二人とも質より量の酒飲みなので、ディスカウントショップで特売のビール
や日本酒、焼酎を買った。つまみは適当に作ればいいだろう。
 淳を迎えた保はしかし、予想していたよりは落ち着いていた。同じおとなしいのでも沈
みきったそんな姿を想像しないでもなかったので淳はいささか拍子抜けしたが、まるで普
通に言葉を交わしつつ、いつものハイペースで次々瓶や缶を空にしていく。
 普段なら絶対淳には触らせない自分の描きかけのイラストを見せてみたり、今度の仕事
について話してみたりと、保は少しおかしかったけれど、それも淳は情緒不安定で酒が入
っているせいということにして、素直にその作品を褒めたり、励ましたりしていた。保は
満足そうに笑って、それは全く、アルコールなど縁のない子どものような笑顔だったので、
淳の体温が一度上がり、それまでただの水分だったはずの酒が、突如本来の姿を取り戻し。
 淳を、酔わせた。
「たもつ」
 指の先だけに力を入れて、淳は保の体に触れた。保の表情から、笑いがすっと姿を消し
た。淳は混乱する。アルコールのせいか。保が奇妙な顔をしている。拒まれたような気が
して、淳は手を引っ込めた。保が怒ったような顔をしている。思考がうまくまとまらない。
もうはっきりアルコールのせいだ。
「テレビ見ていい」
 怒った顔をそむけて、保はでもさっさとテレビのリモコンを取ってスイッチを入れた。
深夜のくだらなくそして下品な番組がちょうど終るところで、ずらずらと人の名前が流れ、
数本のコマーシャルのけたたましさが部屋を横切る。と、映画が始まるらしく、雑な紹介
画面が出た。今日は香港映画。聞いたことのないタイトルだと思うそばからまたコマーシ
ャル。
「見たかったんだ」
 ぽそりと、保は画面を見たままつぶやく。そうか、と心の中でつぶやいて、淳は残り少
なくなった酒を、最後の一滴までコップに移した。声に出して相槌を打てるほどのやさし
さは持ち合わせていなかったから。
 映画は、かなり激しい男女のセックスシーンから始まった。
 それほど映画に詳しくない淳でも顔だけは知っている程度に有名な男女が、こちらを圧
倒するほど凶暴に求め合っている。女はそれほど女性的なタイプではなくショートカット
はどこか少年めいていたし、なにより男の、そのぞっとするほど色気のある背中に、淳は
息をのんだ。一体これはなにが起こっているのか、と。
 深夜放映するにしても刺激の強すぎるそれは、しかしそのあとはさほどどうということ
もなかった。いや、他の映画にすれば十分だったのかもしれないが、なにせ最初の一撃は
圧倒的だったのだ。
「淳」
 茫然と画面を追っている淳の名を保が呼んだが、酔いも手伝って反応が少し遅れた。
 だからまるで映画の最初に女が男にのしかかったように保が淳を押し倒しても、淳は咄
嗟にはなにが起こって、そしてどういうことなのか、わからないでいた。
 保が焦れて首すじに噛みつかなければ、混乱したまま気絶していたに違いない。
 なにせ、保からことを持ちかけられたのは、これが初めてのことだったので。
 そして保がこれほど不器用なやつだったことも、淳はこのとき初めて知ったのだった。
 
 
 * 
 
 
 映画はまだ三分の一しか見ていなかったのだと淳が知ったのは、後日レンタルしてきた
それを頭から見直したときである。
 そしてあの恐ろしい背中を持つ男がもうこの世にいないのだということは、
「追悼」
という特集の棚が教えてくれた。
 保は色々ふっ切れたのか、すっかり元気でバリバリ仕事もこなしている。
 そんな保の絵が表紙に使われた雑誌をめくりながら、淳はにやにやと、思い出し笑いば
かりしている。
 
 
 
 
(20030807)
 
 
 
 
inserted by FC2 system