017えぐるかのように
 
 
 
 
 
 鈴菜が丸山の元から消えてしまってからというもの、彼は全く、抜け殻のように日々をす
ごし、私たち劇団の仲間、学生時代からの友人ら、揚句バイト先にまで心配されている。
 たしかに鈴菜の消え方は本当に残酷だった。昨夜まで一緒に仲良く当たり前に過ごしてい
たというのに、翌朝丸山に笑って別れを告げた。
「ニュージーランドの牧場で働きたいから、さようなら」
 自分だけヤケにすっきりした顔で、そんな風に唖然としている丸山の元を去ったのだと。
あまりに落ち込んでどうにもならない丸山を無理矢理飲みに誘った劇団の男達から聞いたと
きには、私までショックだった。それを私たち女子に教えてくれた彼らも、なんとも言い難
い顔をしていた。
 鈴菜はそんなこと全く、おくびにも出さなかった。
 それに第一、鈴菜とそんな夢を結びつけて考えられる人なんて、この世には存在しなかっ
ただろう。それほど唐突だった。
 劇団のメンバーでこそないけれど、みんなは丸山の彼女として鈴菜を仲間の一人だと思っ
ていたし、それを私たちに歓迎させるほどには彼女は大人しやかで優しく、なにより丸山を
大切にしていた。どこか天才肌で時に扱いにくい丸山を、くるりと包んで。
 そんな女が、なんの前触れもなくいきなり。
「…怖かったな、ちょっと」
 黙りこくるメンバーの中の一人が、ポツリとそんなことを漏らして、それは全員の心の声
だった。
 自分の恋人が、ある日突然そんな風に消えてしまうのだ。
 鈴菜はとても普通の、目立たないほどに普通の女の子だった。丸山とも、ごく普通の、当
たり前の恋人同士だったはずなのに。
 丸山はまだ劇団の練習に出てこない。
 鈴菜を失ったというだけではない丸山の喪失感の深さを思うだけで、私まで足元から冷気
に包まれるような気がし
 しかしわかっていて尚、私は丸山が早くその欠落を埋めてくれるよう願った。
 そうでなければ。
 そうでなければ、私たちまでなにかを失ってしまうような気がして。
 
 
 
(20030308)
 
 
 
 
 
 
 
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