021はさみ 
 
 
 
 
 
 従姉妹のかずえちゃんが、小さな女の子を抱いてうちに遊びにきた。
 私より半年だけ年上のかずえちゃんは三年前に結婚して、そして二年前に子どもを産んだ。
そして去年離婚して、今は実家に戻って働きながら娘を育てている。
「大きくなるもんねえ」
 たった数ヶ月会わなかっただけのその子は、前より一回りも大きくなっていて、子どもの
成長ってすさまじいものがあるね、と思いながら私はその子を抱かせてもらった。重かった。
「みくちゃーん。私のこと覚えてる?」
「おばちゃんですよー」
「おばちゃんはやめろー」
「そんなようなもんじゃん」
「もういいから。みくちゃん、かわいーねー」
 赤ちゃんというにはもうかなり大きくなっている実紅は、私を覚えているのかいないのか、
じろじろとそのすこし大きな目で自分を抱き上げている人を見ている。じっと見つめている
と、実紅はちょっとだけ笑って、それにあわせてこっちも笑ったりきょろきょろする実紅の
視線を無理矢理自分に合わせようとしていたら、きゃあきゃあと笑い出した。毎度のことと
はいえ、実紅に会うとこの儀式を欠かせない。みくちゃん大好きよ、ということを毎回身体
中で表さないと、この鋭い子は遊んでもくれないのだ。
「マー」
「ハイハイ、ほら、実紅こっち」
 なんでか知らないけれど実紅はかずえちゃんをマーと呼ぶ。ママでもお母さんでもなく。
舌ったらずに聞こえてかわいい。二歳になって、もう少し言葉もしゃべれるようになってる
はずだけれど、これは一向に改まる様子はなく、だけど誰もあえて直させようとは思ってい
ない。
 なんだかんだで結局一番居心地のいい母親の膝の上で、実紅はごそごそしている。ちっと
もじっとしていない。うちの母親と私と三人でこたつに当たっているときも、かずえちゃん
が実紅を離そうとしないので、なんとなく変だなと思った。実紅の具合でも悪いのかなあと
世間話をしながら実紅を見つめていたら、母親にべったりとはりついた実紅のつむじの辺り
が、とても薄いことになっていて、私は思わず、
「なにそれっ、どしたの実紅」
と叫んでしまった。おかっぱを少しのばしたような実紅の髪の中で、そこだけが異様に短い
のだ。いや、よく見てみると、ほかにも所々長さがふぞろいな箇所がある。母も気づいて、
ええどうしたのみくちゃん、なんてかずえちゃんに聞くと、彼女は苦笑いをして、
「実紅、最近はさみを使うことを覚えちゃって。それで、最初はカミ、あ、書くほうの紙ね、
それを切ってたんだけどなんか今度は自分の髪の毛切るようになっちゃって、それでこんな
はげちょろげになってんの」
と、実紅の頭をなでた。当の本人は、なにも反省してないらしく、自分がされてるように母
親の髪に触れ、そして引っ張った。アイタタ、やめなさい実紅、痛いって、とその手を離し
ながら、かずえちゃんは実紅を前向きに座らせて腕ごと抱きしめる。
「あ、危ないよそれは」
「でもあんたたちもそんな感じだったよ。さすがに髪は切らなかったけど、なんべんひやっ
とさせられたか」
「あー、はさみって面白かったもん、子どものころはさ」
 母と私が話している間も、実紅はかずえちゃんの膝の上でもぞもぞしている。さぞ退屈に
違いないが、かといって今かずえちゃんは実紅を解放するようなことはしないだろう。たし
かに、ちょっと目を離した隙にこんな髪型にされちゃうようじゃねえ、と私は手を伸ばして
実紅の頭をなでる。まだ柔らかいその髪を指ですくと、途中で短い髪がこぼれる。実紅は大
人たちの様子に気づいているのかいないのか、くすぐったがってけらけら笑った。
「まあでも、さ」
 実紅の髪にくちづけるようにしながら、かずえちゃんが囁く。
「髪以外のところは切ろうとしないんだよね。指とか危なそうだと思ったんだけど」
「そりゃそうだよ、痛いじゃん」
 私の返答に、かずえちゃんはうん、とうなづき。
「でも、切ってもみないのに、切ったら痛いってことはわかってんのねえ」
 こんなちびさんでもさ。
「…そうね」
 私にはもうそれ以上なんていっていいのかわからなかった。おそらく母も。
 黙りこくってしまった三人の大人に囲まれて、実紅は退屈そうに自分のふぞろいな髪をい
じっていた。 
 
 
 
 
(20030113)
 
 
 
 
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