031ベンディングマシーン
 
 
 
 
 
 なにか飲みたい時に限って家の中にはろくな飲み物がなかったりする。
 美枝は一瞬、お湯を沸かしてお茶かなにかを入れようかとも思ったけれど、あいにくそう
いう気分じゃない。気分というと大仰だが、単に面倒なだけだ。
 しかし、もう化粧も落としブラも外して部屋着に着替えたこの今の状態でコンビニに行く
だけの勇気はない。かといってわざわざ身づくろいしてから出るくらいなら、さっさとやか
に水でも汲んでたほうがマシである。
 素直に諦めてさっさと寝れば太ることもお肌が荒れることもないのに、結局財布と家の鍵
だけつかんで、美枝は外に出た。駄目押しのつっかけで。
 もちろんコンビニに行くのではない。アパートから見えるところにぽつんと置かれている、
自動販売機でジュースでも買おうということで落ち着いたのだ。
 幸か不幸かもう暗くなっているし、この辺りは住宅街なのでそうそう人が通るというわけ
でもない。スッピンでノーブラでもいいでしょう、ということで、のそのそと、でも少し緊
張しながら自動販売機に向かう。
 あまり有名ではないメーカーの、どう突っ込んでいいかもわからないジュースが並ぶそれ
からどうにか妥協できるジュースを決め、コインを入れボタンを押した。また今時100円
ていうのが笑わせるわ、なんて思いながら。と。
「あれ、佐伯っち?」
 ぎくり、として後ろを振り返ると、よりにもよって会社の同期が後ろに立っていた。気配
も感じさせなかったので、美枝は思わず叫びそうになる。しかし気配を感じなかったのは単
に美枝がジュースのあまりの珍妙さに茫然としていたからかもしれない。
 ところでここで、人違いですといって走って逃げるのはアリだろうか。
「あ、やっぱ佐伯じゃん、なんだ、ここらへんに住んでんの?」
 どうもナシらしい。
 観念した美枝は、しかしちゃんと自動販売機の明かりがあまり当たらないところに移動す
るのを忘れなかった。そしてあまり真正面に体を向けないように角度を工夫する。
「う、うん。てか、なんで高梁君がここにいるの?」
「友達がさ、結婚してこの近くに引っ越したから、挨拶にきたんだ。それでちょっとのどか
わいたなーと思ったらちょうどこれが見えたから」
「ふうん、そうなんだ」
 はっきり言って聞いちゃいない。とにかくこの場をなんとか収めて逃げようと、美枝は話
に相槌を打ちながらとっくに出ているジュースを受け取り口から取り出す。もう帰るところ、
というのを必死でアピールしながら。
 しかし同じ同期のなかでも、なんだって高梁君なのか。かっこいいしやさしいし、仕事も
そこそこできるから、ちょっといいなあなんて思ってたのだ。これが少しでも化粧してせめ
てブラジャーをつけてたら、もうちょっと会話も転がしようがあったし、このチャンスを最
大限に生かしたものを。これではまるで高梁君を避けているようだ。その誤解は御免こうむ
りたい。
 そんなこんなでそわそわしている美枝に、高梁君も気づいたらしい。
「あ、ごめん待ってる人とかいるの?」
「ううん!それはいないんだけど!」
 も、絶対にいないから!とついでに目でも語って、ごまかしついでに取り出したジュース
を胸に抱えるようにする。
「そうなんだ、よかった」
「…え…」
 ぎゅ、と胸に抱きこんでいた美枝の腕の力が少し抜けた。スッピンであることも忘れまじ
まじと高梁君の顔を見ると、自動販売機の光にあたる彼の顔が、少し照れくさそうで。
「いや…スッピンの佐伯って、結構優しげでかわいいよなあって思ったからさ」
「……ほんと?」
「いつものきりっとしてるのもいいけど、今の力抜けた感じも俺は結構…」
「……」
「…部屋、行っていい?」
 
 
 
 
 なんてことあるわけもなく。
 誰もいない夜の自動販売機の前でなにごともなくさっさと100円でジュースを買うと、
美枝はとっとと帰って一気飲みしてベッドに飛び込んだ。そして目を閉じる瞬間、今日のは
かなりベタだったな、52点、などと採点を済ませて、美枝は明日一日を乗り切るため勢い
よく目を閉じた。
 
 
 
 
(20030128) 
 
 
 
 
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