037スカート 
 
 
 
 
 
 中野のやつさあ、これになったんだってよ、これ。
 そう言って、五年ぶりくらいに会った高校時代の同級生は、妙なしなを作り、右手の甲
を左の頬に当てて見せた。私には始めそれがどういう意味なのかわからなくて、何になっ
たの、とかなんとか言って、その同級生の顔を、妙に歪んだ腰のあたりを見て、でも彼の
妙にニヤニヤした笑い方を見ているうちに、やっとその意味が飲み込めた。すうっと、胸
から血が引いて、その血は全て頭に昇ってしまったようだった。
 でも私がなにかを言うより早く、もう知っていたらしいほかの同級生や知らなかった同
級生達がわっと私たちを取り囲んで、うそーしんじらんない、とか、いやでも俺のダチで
別のクラスだったやつが、女のカッコしてる中野を飲み屋街で見たって言ってて、とか、
いろんな言葉が一気に押し寄せて、私の頭の中から自分自身の言葉を押し出してしまった。
 だからずっと同窓会に来なかったのかなあ、なんて声も聞こえてきた。それについては、
そりゃ来られるはずもないよね、なんて発言まで出て、私はもう少しで吐きそうになった
ので、慌ててその場を外して会場の外にあったトイレへと駆け込んだ。
 幸か不幸か気持ち悪さばかりで実際に吐けなどせず、軽く口をゆすいで、そして目の前
の大きな鏡を見た。
 
 
 中野君は私の彼氏だった人だ。
 
 
 私は彼を、本当に好きだった。
 言葉を、たとえそれが他愛ない挨拶だったとしても、かわせるだけであんなに胸の奥か
ら優しく甘く泣きたくなるような気持ちにさせてくれた人なんて未だに中野君だけだ。 
 恋を通り越して崇拝していたのかもしれない。
 それほどに彼の全てに夢中で、私はだから、彼に告白してつきあって欲しいの、と言っ
た時に中野君がうなづいてくれた時には、一週間眠れなかった。
 やわらかい笑顔が好きだった。負けず嫌いで、陸上部で一心に走り続けるその真剣さも、
私に触れたその手の確かさや、時々笑ってしまうほどワガママなところも。私には全てが
魅力だった。彼と共有した楽しいことや辛いことやケンカや、そして快楽は、私の指先ま
で染み込んでいて、今でも時折思い出すことがある。
 鏡で髪の乱れと、乱れてもいない服を直す。
 もう会場に戻る気にはなれなくて、バッグを持ったままだったのをいいことに店を出た。
 
 
 外はとても涼しくて、クーラーがきいていたとはいえあんなに人がいっぱいの会場より
はよほど気持ちがいい。
 中野君はどうして女の格好をするようになったのかな、と少し考えたけれど、まるで見
当もつかなかった。私とつきあっている時には、そんなことまるで感じなかったから、も
しかしたら見間違いじゃないの、と思ってもみる。
「…ふふ」
 でもいいわ。
 中野君が本当に女の人みたいにお化粧したり髪をのばしたり、そして今の私みたいにス
カートをはいてお仕事しててもいいわ。
 私はやっぱり中野君が好きだもの。
 もし女の人になってる中野君に会えたら。
 いろんな話をしたい。
 別れてしまってからのいろんなこと、仕事のこと、そして。
 もうちょっとでうまくいきそうな、憧れてる先輩のことなんかもね。
 
 
 
(20030105)
 
 
 
 
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