039オムライス まさかオムライスにケチャップで名前を書けなくなってしまっているとは。 「これが歳ってものなのかな・・・」 隣りで英子が白い目をして私を見ている。 そんな顔をされると、食いちぎろうとくわえたするめを噛む歯から力が抜けてしまう。 確かにそういう顔をされても仕方がないが、もう少し視線に遠慮ってものがあってしか るべきじゃないのかしら? 「・・・オムライスなんてかわいらしいものを、アンタがまだ食べてるなんて知らなかっ たわ」 そっちか。 「あーねー。だってオムライスがおいしいんだよ、って言われた店で、和定食注文できな いじゃん」 「それをするのが蛍サマじゃないのさ」 「・・・前からいおうと思ってたけれど、英子は私を誤解しているよね」 「するめ食いちぎりながらナニ言ってんでしょうか?」 「いやまあそれはね」 といいつつ、なんで私はするめを皿に戻しているのか。 「確かに和定食にしたかったんだけどさ。気持ち的には!ていうかあんなこじゃれたレス トランにそもそもなぜ和定食があったのか謎なんだけど。まあそれで、そのときさあ、着 てた服が新しいスカートでさー。こうなんていうか、ふわっとした感じの。そのかっこう で鯖の味噌煮はないでしょうよ」 かなり焼酎の割合が高い湯割を作っていた英子の手が止まる。 「気持ちはわからなくもない」 「でしょ?でさー、そのオムライスってかけるソースが選べるんだけど、そういう小技は いらないんだよねはっきりいって!第一、オムライスっていっつも途中で飽きるんだけど、 その原因の九割はあのしつこいソースにあると思うわけ。で、私は、ソース要らないから、 頼むからケチャップ持ってきて、っていったわけですよ」 「ほんとに頼むからっていったのぉ?」 「いわないけど。ソースなしでケチャップでお願いします、って言ったらさー、般若みた いな顔になってさ、おねーちゃんが。んでぇ、業務用みたいなでっかいケチャップ容器ご と持ってきて、どかっと置いていったわね」 思い出したら少し憤慨してしまった。湯割に入れた梅干を箸でつつきながら、憂さを晴 らす。 「まあ、怒るわよねえ」 「そうだけどさー、そこをこらえてこそじゃないの。それであたしも腹立ったし、折角だ しと思って、十年以上ぶりに挑戦したわけですよ、名前を書くのに」 「ほー」 「でも!なんせ業務用じゃん!?でかくて持ちにくかったわけ!重かったし!たぶんひら がなで書こうと思ったのも敗因だと思うけど」 ほたるのほがもうすでにつぶれてしまっては、続ける気もうせるってものよ。 「あたしだったらカタカナで書くかなー。エーコ、って」 「なんかどっかの外人の名前じゃないのそれじゃ」 「あー、ウンベルト?二回くらい言われたよ〜」 微妙。 「ほたるはカタカナでもなー。ホ、タ、ル。うーん。ちょっとは書きやすい?」 「でも昆虫丸出しだよね」 ・・・そうかもしれない。 結局酔った勢いで私と英子はケチャップライスを作って、薄めに焼いた卵をかぶせてオ ムライスを完成させた。 英子は果敢にも漢字で書くことに挑戦したが、英の字が大きくなりすぎて及第点には届 かず、私は旧字の螢を書いたが、これまた画数が多くて潰れてしまった。 お互いの作品をげらげら笑って携帯で写真を撮ったりした後なんだか食べるのが惜しく なって、せっかく書いた文字が消えないようボールで皿を覆って冷蔵庫に入れ、明日の朝 レンジでチンして食べることにした。 なんだかとても、かわいい気分のまま眠ることができて、オムライスってすごいなあ、 と思ったりしたのだった。 (20040511) 戻 |